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ファッション
知っておきたい、ミニスカートの歴史
- 2013-08-14 (水)
- ブランド紹介
スカートの中でも、オシャレの要素として取り入れやすい定番アイテムが、ミニスカートです。ひざ上丈よりも短く、女性らしいファッションとして、ミニスカートは何度も流行を繰り返しています。
ミニスカートの起源は、ジバンシーのサックドレスだといわれています。当時、フランスでは流行になりませんでしたがアメリカでスレンダールックとしてアレンジされ、58年頃から若い女性を中心に世界的な流行となります。
そのサックドレスが徐々に変化していき、ミニスカートになったといわれています。
60年代、ロンドンのチェルシーガールから自然にミニスカートが誕生しました。誰が発明したかは不明といわれています。
チェルシーガールとは、60年代のストリートファッションの発祥の地、キングスロードのチェルシー地区のファッションを着こなす女性のことです。
マリークワントがミニスカートを発明したともいわれていますが、マリークワントはチェルシー地区で流行しているミニスカートをより多くの人に流行させようと商品化したデザイナーです。
そのような点でも、マリークワントはシャネルのようなカリスマ性のある人物だったといえるでしょう。彼女自身、ココ・シャネルを尊敬してやまず、女性のための新しいスタイルを発信していく姿勢は共通したものがあります。
ただし、マリークワントはシャネルとは異なり、等身大の若者のレイヤーに自身を置いていたので、商品もマス的な展開を示していました。
その後、マリークワントの影響を受けたデザイナーが登場し、ミニスカートも徐々に普及していきます。
そして1965年に、イギリスのクレージュがオートクチュールでミニスカートを発表し、これによりミニスカートは世界中に広がりました。
日本でも同年、日本で初めてのミニスカートが発売されています。67年に野際陽子がパリから帰国した際に着用していたことや、美空ひばりが歌謡番組でミニスカートを穿き、「真赤な太陽」を歌ったことなどから、脚光を浴びました。
74年頃から、ミニスカートブームは終息しますが、80年代から90年代初頭のバブル期には「マイクロミニ」とも呼ばれるミニスカートが流行しました。
このことから、スカートの丈と経済の好況不況が関連づけられることもあります。
ファッションブランドと香水の関係
- 2013-08-12 (月)
- ブランド紹介
ファッションブランドの歴史を辿っていくと、最初は衣類のみを扱っていたブランドが、事業を広げるために次に発表するのが「香水」が多いことに気づきます。
人気のブランドが発表する香水は根強い人気を誇り、もう何十年もの間、売れ続けている香水もあるのです。
最も有名な香水といえば、シャネルの「No.5」ではないでしょうか。これまで世界で一番売れた香水だといわれています。
バッグや衣類などとは異なり、香水はそれほど流行に左右されないものです。だからこそ、一度顧客の心をつかんだ香水はロングヒットを記録するのでしょう。
今では、海外ではアパレルを主に扱っていても、日本では「ブランド=香水」というイメージがあるブランドも多いのではないでしょうか。
一番初めに、ファッションブランドが香水を発表するという試みを行ったのは、ポールポワレです。1911年に、自身の娘の名前から由来している「ロジーヌ(Rosine)」という香水を発表しました。オリエントの影響を受けたエキゾチックなもので、その後も「奇妙な花」「禁断の果実」など、様々な香水の種類を発表しています。さらに、香水のイメージをつくりだすため、パッケージやボトルのデザインも手掛けました。
ポワレは、香水以外にもインテリアも発表しており、服づくり以外にも自分の美意識やライフスタイルを表現しようと試みるデザイナーでした。
ファッションデザイナーが服づくり以外の活動に視野を広げることのなかった当時としては、ポワレの香水発表は革新的な出来事の一つ。ロジーヌはそれなりに成功を収めますが、その後10年間は、ファッションブランドから香水を発表するということは定着しませんでした。
そして1921年にシャネルの「No.5」が発表され、爆発的なヒットを記録します。
そこから徐々に、ファッションブランドと香水との関連が一般的なものへと変わっていったのです。
今でこそ、ファッションデザイナーが服以外のアイテムを展開することは普通になっていますが、ファッションブランドと香水の結びつきは、ファッションデザイナーが、服作り以外にも自身の美学やライフスタイルを発表するための原点となっているのです。
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