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ファッションブランドと香水の関係

ファッションブランドの歴史を辿っていくと、最初は衣類のみを扱っていたブランドが、事業を広げるために次に発表するのが「香水」が多いことに気づきます。

人気のブランドが発表する香水は根強い人気を誇り、もう何十年もの間、売れ続けている香水もあるのです。

最も有名な香水といえば、シャネルの「No.5」ではないでしょうか。これまで世界で一番売れた香水だといわれています。

バッグや衣類などとは異なり、香水はそれほど流行に左右されないものです。だからこそ、一度顧客の心をつかんだ香水はロングヒットを記録するのでしょう。

今では、海外ではアパレルを主に扱っていても、日本では「ブランド=香水」というイメージがあるブランドも多いのではないでしょうか。

一番初めに、ファッションブランドが香水を発表するという試みを行ったのは、ポールポワレです。1911年に、自身の娘の名前から由来している「ロジーヌ(Rosine)」という香水を発表しました。オリエントの影響を受けたエキゾチックなもので、その後も「奇妙な花」「禁断の果実」など、様々な香水の種類を発表しています。さらに、香水のイメージをつくりだすため、パッケージやボトルのデザインも手掛けました。

ポワレは、香水以外にもインテリアも発表しており、服づくり以外にも自分の美意識やライフスタイルを表現しようと試みるデザイナーでした。

ファッションデザイナーが服づくり以外の活動に視野を広げることのなかった当時としては、ポワレの香水発表は革新的な出来事の一つ。ロジーヌはそれなりに成功を収めますが、その後10年間は、ファッションブランドから香水を発表するということは定着しませんでした。

そして1921年にシャネルの「No.5」が発表され、爆発的なヒットを記録します。

そこから徐々に、ファッションブランドと香水との関連が一般的なものへと変わっていったのです。

今でこそ、ファッションデザイナーが服以外のアイテムを展開することは普通になっていますが、ファッションブランドと香水の結びつきは、ファッションデザイナーが、服作り以外にも自身の美学やライフスタイルを発表するための原点となっているのです。

香水が世界最多の販売数を記録したブランド

花柄プリントを現代風にリニューアルしたコットンシャツが大流行したり、「アナイス・アナイス」という香水が香水部門で世界最多の販売数を記録したりと、数々の成功を収めてきたのが、フランスのブランド「キャシャレル」です。

キャシャレルの創立者であるジャンブーケは、1932年、フランスのニームに生まれます。

父親が縫製器商人であることから、子どもの頃から洋服づくりに親しんできました。技術学校で勉強し、56年にパリへ渡り、シャツの作成を開始。小さなお店からのスタートでした。

しかしそのお店からメンズシャツを女性用にアレンジしたスキニーシャツや、キュロットスカートなどが評判になり、62年、自身のブランド「キャシャレル」を設立。ブランド名は、フランス南部プロヴァンス地方カマルグの鳥の名前からつけられました。

初のコレクションでは、下着用の素材であるクレポン素材のシャツを発表。

64年には会社を設立し、65年、英国のリバティ社製の伝統的な花プリントをモダンにリニューアルしたシャツが評判を呼びます。

66年、義妹のコリーヌ・グランヴァルがデザインを手がけ、67年からコリーヌの親友であるサラ・ムーンがイメージ広告を担当。

69年、子ども服コレクションを発表し、78年、高級志向のファッションを展開。

その後にはセーターやスポーツジャケットなどを扱って事業を拡大していきます。

78年、世界最多販売を記録した「アナイス・アナイス」を発表。

アツロウタヤマのマーケティング能力で、90年から95年にかけ、キャシャレルは驚異的に売り上げを伸ばしていきます。

2001年春夏からロンドンで活躍していたクレメンツリベイロを起用し、これまでカジュアルブランドとして売ってきたブランドイメージを、洗練されたイメージへと大幅にリニューアルしました。

クレメンツリベイロが7年間務めたアーティスティック・ディレクターを辞任した後、後任にはイーリーキシモトを起用することが決まっていましたが、方向性の違いによって辞任。

2009年には、セドリック・シャルリエを起用。

2012春夏より、中国人デザイナーデュオ、リン・リュウとダウェイ・スンがアーティスティック・ディレクターに就任しました。

日本では香水と化粧品でおなじみのブランド

日本では香水と化粧品でお馴染みのフランスのブランドが、「ニナリッチ」です。

定番の香水は「レール・デュ・タン」で、アーモンドとキウイなどの香ばしく、フレッシュな香りがミックスされた「レ・ヴェルドゥ・リッチ」なども人気。

日本ではあまりなじみのない服も、女性らしいデザインと、手ごろな価格にも関わらず品質が良いことで評判です。

創設者であるニナリッチは、1883年イタリアのトリノ生まれ。幼い頃から服づくりが趣味で、デザインや裁縫ばかりに興味があったといいます。

13歳の頃に家族とともにパリに出て、18歳でアトリエのプルミエールを務めた後、宝石商のルイ・リッチと結婚。渡仏してからは裁縫や裁断の修行を重ね、「ランファン」と共同で米国のバイヤー向けに自作品の原型を販売し始めました。

1932年、メゾン「ニナリッチ」をパリでオープン。

「彫刻家」とも呼ばれたその手法は独特で、デッサンを行うことなく生地を直接着る人の体にあて、カットし、ドレープをきかせていきます。

完璧な縫製と品質の良さから、パリのセレブたちから高い支持を得ました。

1945年、息子のロベールに経営を任せ始めると、彼の経営手腕からニナリッチは世界的なブランドへと成長を遂げます。48年に発表された香水がヒットを収めたのも、成功の要因です。ニナリッチの定番香水は、今でも、世界的にロングヒットを続けています。

この間、ニナ自身はデザインに専念していましたが、59年、老齢のためデザイン活動を引退。ジュール・フランソワ・クラエを後任に起用します。

64年にクラエがランバンに移り、その後任としてジェラール・ピパールが就任。

70年、ニナリッチ死去。

ピパールの功績もあり、76年にはパリのジョルジュ・サンク通りに大きなショップをオープン。

1999年秋冬シーズンより、チーフデザイナーにはカナダ出身のナタリー・ジェルヴェが就任し、2001年春夏からは、マッシモ・ジュサーニが就任、2003年にはスウェーデン出身のラーズニルソンがアーティスティクディレクターに就任、2007年秋冬からは、オリヴィエティスケンスがクリエイティブデザイナーに就任。

2009年からは、ピーター・コッピングがアーティスティック・ディレクターに就任しています。

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